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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

それらの諸城の兵はみな毛利との戦争に出征して居り、ほとんど空であった。高山の高槻の城などもそうである。そこには夫人ジュスタや二人の小児が僅かの家臣と共に留守をしているだけであった。しかるに光秀は安土の占領を急いで、摂津の方へは眼を向けなかったのである。彼は右近を初め諸将たちが当然自分の味方になるものと考えていた。これが彼の失敗のおもなる原因だといってよい。

光秀には遠くを見る眼力がなかった。信長の偶像破壊がどれほど多くの反感を呼んでいたとしても、それはその時代の創造力の尖端であった。信長を倒したことを徳とする人は極めて少なかった。摂津河内のキリシタン武士のなかで光秀の味方になったのは、ただ三箇の領主だけである。信長の部将たちは急速に中国から引き返して来た。高山右近も光秀が近江から出てくる前に高槻城に帰って光秀進出に備えた。やがて秀吉が音頭を取り、三七信孝を擁して、光秀の軍を山崎で粉砕した。信長の死後二週間と経たない七月二日のことである。

安土の城も町もその後に焼き払われた。二条の宮殿は信忠と共に焼け失せた。岐阜の会堂や宣教師館も破壊された。信長の建てたもの、持っていた財宝などは、皆焼かれるか、或は掠奪された。