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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

従って残る問題は、日本人信者で改宗を肯んじないものの追放である。加賀の前田家に預けられていた高山右近の一群、内藤ジョアンの一群などは、四月十五日に加賀を立って、京都でジョアンの妹のジュリヤたちの群と合して長崎に向った。日本にいなければよいので、殺す必要はないではないか、というのが勝重の方針であった。

長崎へは諸方の追放者が集まり、だんだん感情が激して受難覚悟の行列なども繰り返されたが、幕府の官吏は諸大名の兵を集めて厳戒しつつ、会堂の破壊焼打ちを断行し、十一月に至って四百余人のキリシタンを海外に送り出した。高山右近はマニラで翌年死んだが、内藤兄妹はなお十二三年生きていた。

この大追放は、しかし、キリシタン宣教師の三分の二を国外に送り出し得たに過ぎなかった。潜伏し残った宣教師は、諸会派併せて四十数人に達している。しかも翌年からしてすでに潜入帰来が始まっているのである。

右の大追放の際に、九州の諸大名は特に厳重に禁教を実行する様命ぜられた。中でも、大村、細川、黒田などは、よほど熱心に努力しなくてはならなかった。しかし残虐な処刑はまだ行われていない。ただ一つの例外は有馬領である。