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さこく

鎖国

和辻 哲郎

日本の悲劇

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 443,306 字 · 875 页

青空文庫

そこでこの後数年の間、禁教と鎖国との法令制度が続々として制定されたのである。

ポルトガル人の貿易も、島原の乱の平定の年、一六三八年が最後であった。乱後の処置に、江戸から派遣された太田備中守は、一六三九年九月二日、ポルトガル人追放、ポルトガル船来航禁止を云い渡した。理由は宣教師に対する援助である。その年来航したポルトガル船は即時追い返され、翌年通商再開の嘆願に来たマカオの使節一行は、大部分死刑に処せられた。

あとに残ったオランダ商人は、いよいよ日本貿易の独占を祝ったのであったが、一六四〇年十一月七日、大目附井上筑後守から商館破壊の命令を受けた。その理由はオランダ人もまたキリスト教徒であること、商館の建物にヤソ紀元の年号が記されていることである。それと同時に日曜日を守ることの禁止、商館長の年々交代などが命ぜられた。右の商館の建物は、オランダ人が長崎移転を不利なりと考えた程、多額の費用のかかったものであったが、商館長は当局の断乎たる態度を見て、その夜から徹夜で破壊工作に取りかかった。この従順な態度がオランダ貿易を救ったといわれている。

翌年オランダ商館は長崎への移転を命ぜられた。