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あるはいまつのどくはく

ある偃松の独白

中村 清太郎

春雪写山行「旅」1940(昭和15)年4月<br>黒部川峡谷の話「山岳 第十二年第一号」1918(大正7)年2月<br>枯木の美と怪「国立公園」1952(昭和27)年3月<br>雪山と廃道「山 二巻二号」1935(昭和10)年2月<br>七面山冬ごもりの記「山小屋」1947(昭和22)年<br>黒部川初遡行の追憶「山と渓谷」1939(昭和14)年7月<br>大雪山あれこれ「国立公園」1955(昭和30)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,905 字 · 262 页

青空文庫

なぜといって、常識的な物の見方から一歩も踏み込まないなら、芸術などという深味のある仕事は、できるはずのものでなかろう。誰が何と言おうと、俺はあの男を信じている。

星からすの挿図

彼に画像を描かれてから、俺は今、一年中でいちばんせわしい時季だというのに、すっかり物思いにとらわれて、松毬の丹精など大切な仕事さえ、とかく手につかず、いつになく古い事まで思い起したり、今まで考えたこともない難かしい問題に思いあぐんだり、知らぬ間に、自分で自分を横から眺めるような心持ちになったり……しているのに、ふと気づいては、驚きもし、またあきれもする始末だ。これではあの目細君に、「お前まで気が変になったのか」ぐらい言われ兼ねまいと、おかしくもなる。――ええままよ、どうせいそがしついでだ。これも生れて初めての、得難い経験というものだろう。

寡聞の俺は、われら偃松が、絵画や文芸の主題になったというのは、まだ聞いたことがない。この山にも文人、画家はずいぶん来ているようだけれど、われら偃松には、たいして心を寄せるでもないらしい。むろんあの老画家は、ああした風だから、きっと方々でわれわれを描いているに相違ないが、今度俺が選ばれたのは、又とない機会だ。