轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
したやそうわ
下谷叢話
永井 荷風
自序「下谷叢話」春陽堂、1926(大正15)年3月20日<br>第一~第四「女性 第五巻第二号」プラトン社、1924(大正13)年2月1日<br>第五~第十一「女性 第五巻第三号」プラトン社、1924(大正13)年3月1日<br>第十二~第十五「女性 第五巻第四号」プラトン社、1924(大正13)年4月1日<br>第十六~第二十二「女性 第五巻第五号」プラトン社、1924(大正13)年5月1日<br>第二十三~第二十九「女性 第五巻第六号」プラトン社、1924(大正13)年6月1日<br>第三十~第三十五「女性 第六巻第一号」プラトン社、1924(大正13)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 122,971 字 · 246 页
その一に曰く、「廿年門館受恩身。方外情深比父親。只道金裟長慰眼。何図素服忽傷神。登高日是登天日。称寿人為称仏人。従此重陽斎戒過。吾家歳歳廃佳辰。」〔廿年門館恩ヲ受クル身/方外情深シ父親ニ比ブ/只道フ金裟長ク眼ヲ慰ムト/何ゾ図ラン素服忽トシテ神ヲ傷ル/登高ノ日是レ登天ノ日/称寿ノ人称仏ノ人ト為ル/此従リ重陽斎戒ニ過グ/吾ガ家歳歳佳辰ヲ廃サン〕
十月四日(アルイハ八日)の夜、藤森弘庵が上野東叡山の寺中凌雲院より下谷長者町の家に帰ろうとする途すがら、御徒町三枚橋のほとりで捕縛せられた。水戸疑獄の連累によったのである。弘庵は町奉行池田播磨守の尋問を受け一時許されて家に還った。弘庵が捕縛の顛末はその門人依田学海の談話を坂田篁蔭の手記したるもの、その著『野辺の夕露』に載せてある。その一節に謂く、「安政丁巳四年の春師弘庵京師に游ぶ。百川及び伊勢亀山の人小崎利準これに従へり(利準は今の岐阜の知事なり)梁川星巌、頼三樹三郎、僧月性、又勢州の人世古格太郎等と親しく交り夫より両備に游び再び京師にかへり、伊勢にいたり格太郎の家に宿す。格太郎は紀伊家の用達にて家富みたるものなり。