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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

家に帰ってその妻に途中の出来事の話をすると、妻はひどく感心して、さてさてあなたはその盗人にも増した御心だと云ったとある。それを今昔物語の作者が批評して、阿蘇の史は「長け短なりけれども、魂はいみじき盗人にてぞありける」と云っている。盗人とはすなわち剛胆者の称だ。徳川時代には海賊はすなわち海軍であった。海賊奉行はすなわち海軍奉行だ。今の東京日本橋区第一銀行の際の橋をもとは海賊橋と云った。そこに海賊方向井将監の屋敷があったからの名である。しかるに明治になっては海賊の称穏かならずとあって、その名をも海運橋と改めて、この歴史的紀念の佳名を失ってしまった。海賊藤原純友は従五位下の位を以て誘われたが、彼はこれに応ずべく余りに剛胆であった。彼は今昔著者の所謂「いみじき盗人」であった。それが為に彼は長く史上に賊名を歌われている。もし彼が今少しく怯懦であったならば、或いは名誉の勇士としてその美名を後世に伝えたかもしれない。海賊大将軍の後裔が、祖先の武功を後に伝えて大名となっているものも珍らしくはない。

悪源太義平・悪七兵衛景清は、ともにその叔父を殺したので「悪」の名を得たと解せられているが、必ずしもそうとは思われない。