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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
往昔神あり、平日は伊具の※狼山に居て好んで貝子を食ふ。臂肘甚だ長く、屡長臂を山巓に伸べて数千の貝子を東溟の中に撮り、其の子を嚼ひ、殻を茲の地に棄つ。委積して丘の如し。郷人其の神を称して手長明神と謂ふ。委殻の地之を貝塚と謂ふ。其の朽貝腐殻如今なほ存す。
とある。同書伊具郡の条にも同様の事が書いてある、同郡山上村にも手長明神があって、類似の説を伝え、附近には貝塚があり、参詣者は貝殻を納めるを例とするという。常陸風土記那賀郡大櫛岡の条に、「上古人あり体極めて長大、身丘壟の上に居て蜃を採て之を食ふ。其の食ふ所の貝積聚りて岡を為す」とあるのと全く同一説話で、けだし後世海岸から離れた地に貝塚のあるのを見て、手の長い人が遠方の海から貝を取ったものだとの空想を描いたものであろう。
しかし手長明神は貝塚にのみ伴うているのではない。かつて武蔵大里郡を旅行して、深谷町の東北、路傍の古墳の上に手長大明神と書いた幟の幾本も立っているのを見た事がある。これを祭る人の心では、お稲荷様とか道祖神とかを祭ると同じ様に、幸福を祈る外に深い意味はないのであろうが、これを手長と云い、足長と云い、或いは八握脛・長髄明神などというところに、或る理由がなければならぬ。