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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
(註三) 道鏡既に臣籍に下った以上、もとよりこれを以て君と仰ぐべきではない。真備が文室浄三や大市を推戴せんとした事も許すべからざるところであった。しかし藤原基経の権力は、一旦臣籍に降った侍従源定省を親王に復し、さらに宇多天皇として推戴し奉った例も後には無いではない。ここに阿曾麻呂の奏上を容るる間隙があったと解すべきであろう。
(註四) 皇族以外のもので非望を懐いたものとしては、通例平将門が例示せられるのであるが、彼は乱世に乗じて関八州に割拠し、独立を企てただけで、日本国の天子たらんとするのではなかった。しかもそれにしても彼は皇胤たる事の理由を以て自ら説明している。この外には平群真鳥が天位覬覦者として数えられるが、これも孝元天皇の皇胤として、ただの臣籍の例には引き難い。蘇我入鹿にも多少その嫌疑が無いでもないが、彼もまた同じく皇胤であるの誇りを持っていたに相違ない。
(註五) 我が皇位の尊厳と、和気清麻呂に対する過大なる賞讃とは、例えば両天秤の様なもので、一方をあまりに高くあげると、一方が低く下って来るとは、かつて故久米邦武先生の論ぜられたところであった。