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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

興福寺の須弥壇からも珠玉その他種々の物が出た。これらはいずれも地鎮に際して、地の神に捧げた供物であらねばならぬ。後世これを手軽にする場合に、これに代うるに銭貨を以てする習慣の起ったのは、神社に賽銭を供えると同じ意味である。賽銭はすなわち供物代で、もとは神に奉仕するものに銭貨を委托して、適当なる供物を調進して捧げてもらうの意味である。そしてそれが転じて、地鎮の場合にもただちに銭貨を埋める事になる。この場合普通に永楽通宝を選ぶ様であるが、それは「永楽」という文字を喜んだに過ぎないので、必ずしも永銭とは限らない筈だ。

人柱ということは、やはり供物として生きた人間を神に捧げるという意味にほかならぬ。すなわち地鎮の際における人身御供なのである。神が犠牲として人間を要求するという思想は、もと食人の風習から起ったのだという説もある。或いはそうかもしれぬ。延喜式にも毛の物、毛の和物を供物とする事がその祝詞に見えている。毛の荒い獣類、毛の和かい獣類だ。古代には日本人も普通に獣肉を食した。特に鹿や猪を常食としたので、これを呼ぶに「シシ」すなわち肉の称を以てする程にもなっている。