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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

何となれば、たとえそこに新様式の芸術が創始せられたとしても、これが為に前代の様式の芸術が同時にことごとく絶滅すべきものではないからである。前後二種の様式が、或る年代間は並び行われたとして何処に故障があるであろう。勿論これは単なる空論である。しかし当時芸術について全然盲目であった余輩は、この空想的理論を真っ向に振りかざして、真摯なる芸術史家の推論を打破すべく、無遠慮にも繰り返し力説したものであった。

次に非再建論者は、法隆寺に金堂内の釈迦・薬師の両本尊を始めとして、所謂飛鳥時代の遺物が甚だ多く現存しているの事実を以て、罹災の反証となさんとする。しかしこれはその一を知って未だその二を知らざるの結果であって、余輩はむしろこれとは反対に、法隆寺には天智天皇九年以前の遺物の甚だ少かった事実を以て、かえってその罹災の傍証となすべきものと考えたのである。天平十九年の資財帳を見るに、法隆寺にはその寄附者及び特に年代を明記する程の由緒ある遺物は、通計百六十八点に達していたが、その中天智天皇九年以前の物は、僅かに釈迦・薬師の両本尊と、片岡御祖命なる人の寄附に係る金銅幡との、ただ三点あるのみであった。