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「やまとみんぞく」とはなんぞや
先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選
喜田 貞吉
喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页
しかし仮りにそれが果して関野君の言わるる如く、高麗尺によって設計せられたものであり、またその高麗尺が大化以前に限って使用せられたものであるとしたところで、何ら再建を妨げざる事既に上に述べたが如きものであるとすれば、これまた何ら非再建論の上に重きをなすべきものではありえないのである(なお尺度の事は後に云う)。
以上は当時余輩が極めて匆卒の際において、殆ど一夜漬けとも謂うべき極めて粗雑なる駁論の梗概である。今にしてこれを観るに、論鋒甚だ激越にして、慚汗為に肌を湿すの感があり、論旨またすこぶる不備にして、さらに補訂を要するもの少からざるも、ともかくもその当時にありては、従来記録上より、また実物上より立論せられたる一切の非再建論を、ことごとく一と通りは論破しえたものであったとの確信を今もなお有しているのである。そしてそれはその当時においても、またその後においても、当の関野君よりは何ら弁明を承る事なく、その儘無疵で活きおるものとして信じているのである。
なお当時余輩は右の弁駁文に関連して、「法起寺及法輪寺塔婆建築年代考」、「薬師寺塔婆建築年代考」等の諸篇を同時に発表し、ついで十月の歴史地理において、「唐招提寺講堂の年代に就きて」