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「やまとみんぞく」とはなんぞや

先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選

喜田 貞吉

喜田貞吉『先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:「日本民族」とは何ぞや、「ケット」と「マット」、奥羽地方のシシ踊りと鹿供養、火葬と大蔵、くぐつ名義考、国栖の名義、国号の由来、時勢と道徳観念、周防石城山神籠石探検記、炭焼長者譚、長吏名称考、憑き物系統に関する民族的研究、手長と足長、道鏡皇胤論について、間人考、人身御供と人柱、法隆寺再建非再建論の回顧、本州における蝦夷の末路、オシラ神に関する二三の臆説、サンカ者名義考。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 195,063 字 · 389 页

青空文庫

それで他の解放されたものが、はやく立派に日本人になって、肩身広く暮らしているにかかわらず、彼らのみはいつ迄も、蝦夷だ、アイヌだと云って、差別されます。彼らも後にそれを悔いまして、普通の民籍に編入されんことを願いましたけれども、一旦命を拒んだというので、容易に許してくれませず、それから五十年たった文化三年になって、始めて最後の解放を受けました。ここに至って本州には、もはや全く蝦夷として差別されるものが、一人もいなくなったのであります。

この最北の六ヶ村のものが、解放の命を拒んだということは、いかにも妙なことではありますが、シャモになれば領主に対する義務が多くなるとか、アイヌの神の祭が絶えるとかいう様なことを考えて、ついその好機会を取り逃したものであったでありましょう。

この文化三年という年は、今から僅か百二十二年前でありまして、私どもの祖父母の生れた頃であります。そんな近い時代にまで、本州に蝦夷がいたという様なことは、親しくそれを研究します迄は、少くも私にとっては、全く夢にも考えないことでありました。しかしそれはその地が一番北の端にあるが為でありまして、それよりも五十年前の宝暦六年には、それよりも南の蝦夷村が解放されたのでありました。