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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
もし私たちの推測を許すならば、それは或いは山人の帰化運動の進一歩であったのかも知れぬ。次の章に述べようとする飛騨のオオヒトの場合のごとく、人は単に偶然に世話になった場合にも、謝礼に握り飯を贈れば相手の喜ぶことを知り、相手はまた狸兎の類を捕ってきて、これを答礼にして適当なりと考えたのも、やがては異種諸民族間の貿易の起原と同じかった。こうしてだんだんに高地の住民が、次第に大日本の貫籍に編入せられて行ったことは、自他のために大なる幸福であった。
越後南魚沼の山男が、猿に似て顔赤からずと伝えられるのは、一言の註脚を必要とする。これは単に猿ほどには赤くなかったというまでであったらしく、普通はこれと反対に顔の色が赤かったという例が少なくない。顔ばかりか肌膚全体が赤かったという噂さえ残っている。近世の蝦夷地に、いわゆるフレシャム(赤人)の警を伝えた時、多くの東北人にはそれが意外とも響かなかったのは、古来の悪路王や大竹丸の同類に、赤頭太郎などと称して赤い大人が、たくさんにきたという話を信じていたからである。それがひとり奥羽に限られなかった証拠は、例えば弘仁七年の六月に弘法大師が、始めて高野の霊地を発見した時にも、嚮導をしたという山中の異人は、面赤くして長八尺ばかり、青き色の小袖を着たりと、『今昔物語』