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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

深夜人定まってから前の山などで、大きな岩を突き落す地響がしたり、またはカキンカキンと斧の音が続いて、やがてワリワリワリワリバサアンと、さも大木を伐り倒すような音がする。夜が明けてからその附近を改めて見ると、一枚の草の葉すら乱れてはいなかった、などというのが最も普通の話で、こういう出来事があまり毎度繰り返されると、山が荒れると称して人が不安を感じ始め、ついにはその谷を「よくないところ」の一つに算えて、避けて入らぬようにもなるのである。しかし多勢が一度に聴いても幻覚はやはり幻覚である。或いは同じ物音をともに聴いたと思っても、甲の暗示が乙を誘い、また丙の感じを確かにしたのかも知れぬ。東京あたりの町中でも深夜の太鼓馬鹿囃子、或いは広島などでいうバタバタの怪、始めて鉄道の通じた土地で、汽笛汽鑵車の響を狐狸が真似するというの類、およそ異常に強烈な印象を与えたものが、時過ぎて再びまぼろしに浮ぶ例は、じつは他にも数限りがないので、たまたま山の生活と交渉のある場合ばかりこれを目に見えぬ山の人の神通に托するがごときは、むしろ我々の想像の力の致すところであったかも知れぬ。