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やまのじんせい

山の人生

柳田 国男

山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页

青空文庫

あとから挨拶の状を京に上せると、大徳寺の方では和尚一向にそんな覚えがないとある。ただしもとこの寺に一匹の狸がいて、夜分縁先にきて法談を聴聞していたが、のちに和尚の机の上から石印を盗んでいずれへか往ってしまった。其奴ではなかろうかといっていると、果して後日の噂には江州大津の宿で、駕籠を乗替えようとして犬に喰殺された狸だか和尚だかが、その石印を所持していたそうである。三州の方には屏風が一つ残っていた。見事な筆蹟であったという。しかしこれだけの材料を綜合して、狸が書家であったと断定することは容易でない。やはり最初から、旅僧の中には稀には狸ありという風説が、下染をなしている必要はあったのである。狐の書という話も例は多いが、『塩尻』(帝国書院本)の巻六十八および七十五にも、これと半分ほど似た記事がある。美濃安八郡春近の井上氏に、伝えた書というのがそれであって、その模写を見ると鳥啼花落と立派に書いて、下に梅菴と署名してある、本名は板益亥正、年久しく井上家の後園に住む老狐であって、しばしば人間の形をもって来訪した。筆法以外医道の心得もあり、また能く禅を談じたが、一旦中絶して行方が知れず、どうした事かと思っていると、或る時村の者が京に上る途で、これも大津の町で偶然にこの梅菴に行逢うた。