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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
そうすると狐は隠している子供を、桝を持つ男のそばへほうり出すといっていた。同国東部の美嚢郡などでは、迷子は狐でなく狗賓さんに隠されたというが、やはり捜しにあるく者の中一人が、その子供の常に使っていた茶碗を手に持って、それを木片をもって叩いてあるいた。越中魚津でも三十年余の前までは、迷子を探すのに太鼓と一升桝とを叩いてあるいた。桝の底を叩くと天狗さんの耳が破れそうになるので、捕えている子供を樹の上から、放して下すものだと信じていたそうである(以上『土の鈴』九および十六)。
右のごとき類例を見て行くと、誰でも考えずにおられぬことは、今も多くの農家で茶碗を叩き、また飯櫃や桝の類を叩くことを忌む風習が、ずいぶん広い区域にわたって行われていることである。何故にこれを忌むかという説明は一様でない。叩くと貧乏する、貧乏神がくるというもののほかに、この音を聴いて狐がくる、オサキ狐が集まってくるという地方も関東には多い。多分はずっと大昔から、食器を叩くことは食物を与えんとする信号であって、転じてはこの類の小さな神を招き降す方式となっていたものであろう。従って一方ではやたらにその真似をすることを戒め、他の一方ではまたこの方法をもって児を隠す神を喚んだものと思う。