轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
よく似た話だがこれも神霊がこれを悪むのか否かは分らぬ。内地の小豆飯はむしろこの類の神の好むところと考えられている。鯖という魚の信仰上の地位は、詳かに調べてみる必要があるのだが、今までは誰も手をつけていなかった。
不思議な事情からいなくなってしまう者は、決して少年小児ばかりではなかった。数が少なかったろうが成長した男女もまた隠され、そうして戻ってくる者も甚だわずかであった。ただし壮年の男などはよくよくの場合でないと、人はこれを駆落ちまたは出奔と認めて、神隠しとはいわなかった。神隠しの特徴としては永遠にいなくなる以前、必ず一度だけは親族か知音の者にちらりとその姿を見せるのが法則であるように、ほとんといずれの地方でも信じられている。盆とか祭の宵とかの人込みの中で、ふと行きちがって言葉などを掛けて別れ、おや今の男はこのごろいないといって家で騒いでいたはずだがと心づき、すぐに取って返して跡を追うて見たが、もうどこへ行っても影も見えなかった、という類の例ならば方々に伝えられている。これらは察するところ、樹下にきちんと脱ぎそろえた履物などと一様に、いかに若い者が気紛れな家出をする世の中になっても、なおその中には正しく神に召された者がありうることを我々の親たちが信じていようとした、努力の痕跡とも解しえられぬことはない。