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やまのじんせい
山の人生
柳田 国男
山の人生「アサヒグラフ 第四巻第二号~第五巻第七号」朝日新聞社、1925(大正14)年1月7日~8月12日<br>山人考「大正六年日本歴史地理学会大会講演手稿」1917(大正6)年11月18日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,022 字 · 226 页
もしやと思って岩手山の中腹の網張温泉に出かけてその辺を尋ねていると、とうとう一度だけ姿を見せたそうである。やはり時刻はもう暮近くに、なにげなしに外を見たところが、宿からわずか隔たった山の根笹の中に、腰より上を出して立っていた。すぐに飛びだして近づき捕えようとしたが、見えていながらだんだんに遠くなり、笹原づたいに峯の方へ影を没してしまったという。
またこれも同じ山の麓の雫石という村にはこんな話もあった。相応な農家で娘を嫁に遣る日、飾り馬の上に花嫁を乗せて置いて、ほんのすこしの時間手間取っていたら、もう馬ばかりで娘はいなかった。方々探しぬいていかにしても見当らぬとなってからまた数箇月ものちの冬の晩に、近くの在所の辻の商い屋に、五六人の者が寄合って夜話をしている最中、からりとくぐり戸を開けて酒を買いにきた女が、よく見るとあの娘であった。村の人たちは甚だしく動顛したときは、まず口を切る勇気を失うもので、ぐずぐずとしているうちに酒を量らせて勘定をすまし、さっさと出て行ってしまった。それというので寸刻も間を置かず、すぐに跡から飛びだして左右をみたが、もうどこにも姿は見えなかった。