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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

『どれ。ちょっと、行って来るか。月もよいし』

わざと、あくび交りのひとり言をいい放った。そしてそこの縁から、すぐ、露ッぽい夜の草履へ、片足をおろしかけた。

『あ。……兄者人、お出かけですか』

『行って来るよ。どうしようかと、考えていたのだが』

『こんな夜更けに、どちらへです』

『さきごろ。源ノ渡のやしきへ、同僚どもと、招かれたおり、つい、約してしもうたのだ。――月の夜には、例の、四白の青毛をひき出し、強い地乗を試みているから、いちど見に来てくれといわれて』

『へえ……? 夜半に、馬の調練ですか』

『騎者、おのおのが、持ち馬の脚を秘し合うて、その日にのぞむのは、競馬の策戦で、ふしぎはない』

『うそ。うそでしょう、兄者人』

『なにっ』

屋内の小さい灯の虹輪を、清盛は、にらみつけた。――と、その眼のうちへ、とび込んでくるように、机を離れた経盛は馳け降りて来た。そして兄のこわい顔へ、小声で触れた。

『……母上へ、よろしくいってください。ね、兄者人。……そして、これを、お渡ししてくれませんか』

『な、なんだ?』と、清盛は、狼狽して、弟が、自分のふところへ突っこんだ手紙らしい物を、ふところの中で、触ってみた。