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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

当然、訊きたがらずにいなかった。

たちまち、女性の素姓も、伝わった。

大夫、藤ノ宗兼の女。――名は、有子と。

それなら、たれも知っていた。以前、鳥羽院の局にいた女房のひとりだからである。

――が、今、思い合わせると。遠藤盛遠の追捕騒ぎがあって、忠盛が身を退いたあのころから、有子も、いつのまにか、暇をとって、院の局に、姿は見なくなっていた。

ところが、その有子は、近ごろ、一ノ宮の乳人に召されているという。

一ノ宮とは、崇徳の第一の皇子重仁のことである。本来、皇太子でおわすべきを、上皇と美福門院のおん仲に生まれた体仁が春宮(皇太子)の位に即かれたため、親王にとどめられているお方だった。父、天皇のお気もちとしても、宮廷側のすべての眼からも――生まれながらの不遇に封じこめられた御生命にそれがながめられて、お可憐しいことではある、酷い、なされ方ではあると――院へむかって、口にも出せないだけに、みな春なき氷の谷間にも似て、恨みを閉じている一ノ宮であった。

『何ぞはからん、忠盛が、かくし妻とは、一ノ宮の乳人であろうとは。……院の御内事も、内裏へ、つつ抜けに知れるはずよ』