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しん・へいけものがたり
新・平家物語
吉川 英治
02 ちげぐさの巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页
けれど、上皇のお胸は、またひとりこうもつぶやく。
(まだ何もしらぬ青春の芽ばえのむかし。白河と璋子とが、われに与えたあの氷刃の思い、夜も日もあらぬ、嫉き劫火の苦しみにくらべれば。……これほどな報いは、なんでもない)
かつて、白河が璋子を愛したごとく、いまは、上皇の寵は、美福門院の上にある。
鳥羽離宮の翠帳ふかき処、春風桃李花ひらく夜か、秋雨梧桐の葉落つるの時か――ただ一個の男性としての上皇が、ほおをぬらして語り給う少年の日の思い出を――美福門院も、おん涙をともにして、聞かれることがあるであろう。
まことに、上皇の半生も、人間的には、御不運なものであった。幼少、万乗の帝位につき、十五、不幸な御結婚を強いられ、二十歳のころには、また他によって、退位せられ、法皇あるうちは、発言も持たない蔭のお人として来られたのである。若き日からの、仏教への御誓願も、うなずかれる。――そして今や、政権威令も、おん手にあつめて、こうあることは、その善悪、凡非凡は、ともかく、上下貴賤、人間自然の情と痴は、変りのないものと観るほかはない。
ひるがえって、忠盛にとれば。
忠盛もまた、白河法皇から、宿の妻にせよと、祇園女御を賜わったことが、いかに、因をなして、青春を無残なものにしてしまったか。