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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

ただ、降りつのるぼたん雪が、夜半のように静かに、また、たった今、通り過ぎた総ての象のものを、夢かのように、かき消していた。

その日、西行は、むろん、待賢門院の局を訪わなかった。

咒咀は、うそだといい、いや、ほんとだといい――また、あれはある一派の人びとの策謀にちがいないなどと――それからの、真しやかな流言蜚語は、人の心をくらくするばかりだった。表面は依然たる平安の都だが、底流の不安は、ひと通りではない。

一時は、世上も、どうなるかとさえ思われた。――だが、何事もなく――鳥羽上皇の御落飾の儀がつたえられた。爾今、法皇ということになられたのである。すると、翌月、二月二十六日には、待賢門院の仁和寺入りが、つづいて、さたされた。――仁和寺の法金剛院の奥ふかくこもられて、まもなく、出家されたのである。

まだ、四十二のお髪は、黒く、艶やかであった。得度のおん剃刀に会われるとき、いかに、悲しまれるかと思いのほか、女院は、水のように冷やかに、俗世を終わる式をすまされた。――お胸のうちの炎のほどは……などといっていた人びとも、その日のお姿を見ては、みな恥かしくなったほどである――などと、後に、局たちからの便りに知って、西行は、人の世の春と、自然の春とを、小鳥の音の中で、ひとりながめくらべていた。