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しん・へいけものがたり

新・平家物語

吉川 英治

02 ちげぐさの巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页

青空文庫

若党の平六でも走らせればよい』

『買い食いなどさせたら、あとで母上に、どんなにしかられるかしれません』

『かまわぬ。おれがさせるのだ』

『いくら、兄者人の、おことばでも』

『ばか。総領だぞ、この平太は、――おれのいいつけも、すこしはきけい。きいても、いいんだぞ』

弟のひざへ、銭を投げて、清盛の足音は、どすん、どすん、縁を踏み渡って行った。厨にちかい井戸屋根の下に立ち、くみあげた水を、がぼがぼと飲む。そして、顔を洗い、その顔を、布直垂のきたないそでで、こすりこすり、庭をななめに歩いて行った。

父のいる一棟は、荒れ御堂といってもよい。枯れ野みたいな庭の向こうにあった。清盛は、そこの破れ縁を上がった。そして、蔀の蔭から、おそるおそる中へすべり込んだ。

『ゆうべは、おそくなって、すみませんでした。お使いは、いたして参りました』

チラと、かれの影がさしたとたんに、ここの座にいた三人の沈黙は、すぐそれぞれの眼となって、かれの方へ向けられた。

――中でひとり、木工助だけは、急いで、眼をふせてしまった。清盛もまた、かれの姿から眼をそらした。ここで相見るに堪えない気もちが、ふと、ふたりの胸をかすめたのだった。