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しん・へいけものがたり
新・平家物語
吉川 英治
02 ちげぐさの巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,012 字 · 245 页
まだら牛がひく御車の簾は、わざと高だかと巻かれてあった。おん年三十六、七、色浅ぐろく、ほお肉のうすい、かなつぼ眼の貴人が、むッつり、唇をむすんで、内座いっぱいにすわっておられた。
鳥羽上皇である。
街の男女は、上皇をたびたびお見上げしていたが、上皇には、通るたびに、街が、物珍らにお見えらしい。眸だけが、ひんぱんに、左右へうごいた。ときには、何かへお眼をとめて、ホホ笑まれたりされるのだった。――と知ると、道ばたの庶民も、上皇の視線の先をさぐって、一しょに笑い合った。――そういう親しみを、不敬とよんで、庶民に土下座を強いたのは、もっと後世の風習である。武将が政権をにぎってからのことだ。武門の威光とか警戒などを、かりにも、ゆるがせにできないような世相人心を、みずからつくりあげたときに、必然、興った制度だった。――当時、朝廷と院政との、二元政治の変則を見たほど、世はすでに、紊れの端緒をみせていたが、まだちまたには、こんなある日の春風も流れてはいたのである。
右近の馬場の桜も、けさあたりを、艶な盛りとして、夕方には、もう散りそめるのではないか。ま昼の馬場いちめん、草萌えの香いも手つだい、咽せるばかりな花の肉感が、そよ風のたびに、顔をなでてくる。