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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

家中の老臣から諸士など、次に続々と奥へかくれてゆく。光秀について来た側臣の重なる人々も、そこで泥土の手足を洗い、濡れ蓑を積んで、十幾名かは、本丸のほうへ通されて行った。

そのほかの多くの家来は、まだ濠の外にとどまって、馬を洗い、小荷駄をととのえ、これからの宿営や配備に混雑しているとみえる。馬のいななきや喧騒する人声が遠くに聞えていた。

その頃もう光秀は一室で衣服を着かえていた。従兄弟の住居は、さながらわが家のような居ごこちだった。どの部屋からも湖が見える。松原が見える、或いは叡山が望まれる。ここの本丸は絶好な景勝の地にあった。

けれど誰がいまこの自然を愛するだろうか。叡山は過ぐる元亀二年の信長の一令によって大焼打にあったまま、今なお山上の七堂伽藍も中堂も山王二十一社も当年の灰燼を積んで、復興の目鼻もついていないという。

従って、麓の町屋すら、つい近年にいたって、ぼつぼつ建ち始めた程度である。森蘭丸の父森三左衛門が悲壮な討死をとげた宇佐山の城址もこの近くであったし、浅井朝倉などの大軍と織田勢が取り合って死屍を積んだ比叡の辻の戦場も遠くない。

思いを過去のそういう跡にめぐらせば、山水の美は、却って鬼哭を心に聴かしめる。