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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

当然、光秀の凝視は、その白い一点にとらわれた。そこには、信長の子、三位中将信忠がいる。また数日前に安土を辞して上洛した徳川家康も泊って、大勢の案内衆や接待役に囲繞されながら歓待の幾夜かを過ごしたであろうなどということも――思うまいとしてもすぐ想像にのぼって来る。

「徳川どのにも、はや京を立たれたろうな」

呟くような主人の問いに、政孝が答えて、

「いまは大坂に御滞在かと存ぜられます。そのような御予定と承っておりましたが」

「……む。む」

それきりであった。このことばには、後もなく、前もない。

「さ、行こう。馬を――」

光秀は不意に起つ。諸将はあわてた。

この不意打から受ける部下の狼狽は、光秀一箇の心が、箇のまま発作的に行動するため起る波紋であった。そのまえに政孝へ云っていた首尾のないことばと同じもので、この数日間の光秀には、時々、一家中という大勢から遊離して、一藩の主脳でも一列の主体者でもない、孤のごとき一箇の人間として挙止するような姿がまま見られた。

しかし彼に続く将士は、

「降りは早いぞ」

「馬を躓かすな」

と、夜道の難にも怯まず、主君をかこみ、友を戒め合い、洛外へ向ってひたすら道を捗っていた。