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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

さて、会の後。

もちろんその晩は、みな威徳院の房に泊まったのであるが、部屋数も少ないので、紹巴は光秀の寝室のすぐ隣に眠った。

夏の夜ではあり、心やすい歌の友というので、境のふすまも払ってある。紹巴は枕につく前に、

「山上は蚊もいませんから、今夜は快く眠れましょう。どうも都は蚊が多くて……」

などと問わず語りをしていた。

寺僧が燭を消して退がると、光秀はすぐ寝入っていたように思われた。紹巴のつぶやきにも何の返辞も返さずに――。

枕に顔をあてがうと、戸外の山風は樹々を揺すり、屋の棟を吠えめぐって、さながら天狗の喊の声かと怪しまれてくる。光秀は火神の拝殿で聞いた神官の話がふと思い出されて、漆黒の宇宙に跳梁する天狗の姿を脳裡に描いていた。

天狗が火を咥えて飛ぶ。

大天狗、小天狗、無数の天狗がみな火となって、黒風に翔けまわり、その火が落ちて、火神の御社が、忽ちまた団々たる炬火となる。

――眠りたいものだ。眠ろう。

光秀は思う。彼は夢見ているわけではない。にもかかわらず脳膜はそんな幻想を描いてやまないのである。

寝返りを打つ。

そして、今日はと考える。明ければ二十九日と意識する。