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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

そのために膝を正し、姿をととのえ、平常ここにあって衆に君臨するときのままな自分を保とうとした。

あらい呼吸が鎮まるにはやや遑があったが、心は、

――これで死ぬのか。

と自分でさえ疑われるほど平静であった。呵々と、一笑を発したいようなものすら覚える。

――おれも抜かった。

と思い、光秀のきんか頭を想像してみても、いまは何の憤りも出ない。あれも人間だから怒ればこれくらいなことはやるだろうと思った。それにつけても自分の油断は嘲うべき一代の失策だったし、彼の怒りも愚かなる暴挙に過ぎないことを愍れんだ。あわれ光秀、汝もまた、幾日をおいて、予のあとを追わんとするや、と問うてみたい。

左の手に鎧通しの鞘を持った。右手でそれを抜いた。

――急ぐことはない。

なお自分で自分に云い聞かせる。火はまだこの部屋に燃えついていない。

瞑目した。

すると、物心ついた少年時代から今日までのことが、それを千里の駒に乗って見て来るように頭に映った。

それは非常に長い時間を要するかのようであるが、事実は一瞬の呼吸のうちに過ぎない。死なんとする刹那、人の生理は、異常な機能を働かせて自己の通って来た全生涯に、平常の追想に似た訣別をなすものらしい。