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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

07 第七分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 200,903 字 · 400 页

青空文庫

そして彼は今や、この世へ「人」として生れ出た意義の無限大を覚えるとともに、生きている日々が、楽しくてならない「時」と「年頃」に到っていた。

だから彼が放つ声は、

――やあ。やってるな。

という何でもないことばでも、将士の心をして愉快にさせた。辛くても、喰わないでも、彼とともに暮す日を最大のよろこびに思わせた。

そのくせ、彼の顔は決してにこにこものではない。石井山の本陣にあっても、なかなか十日に一ぺんの湯浴みもできず、皮膚は五年越しの戦場焦けにくすぶり、赤っぽい髯はとかくもじゃもじゃたまりがちであった。

いま敵の高松城へは水攻めの計をまったく施し終って、信長の西下を待つのみとなっているものの、長良川の一水をへだてた日差山その他には、毛利の吉川、小早川軍の三万余が近々と孤城の援けに来ているのである。――それらの山地にある対峙中の敵陣からは、秀吉が陣廻りに歩いている傘や馬印も、陽の晴れ間には、よく見えるはずであった。

彼の列はやがて石井山の麓へ来ていた。龍王山から移って後、本陣はこの上の持宝院に置かれてあった。

「お帰りあそばされませ」

一ノ木戸に迎える者、山内猪右衛門一豊であった。