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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「そう云えば君は、河合さんとは始めてなんじゃなかったかしら?」

「ああ、お顔はたびたび見たことがあるがね、―――」

「熊谷」と呼ばれたまアちゃんは矢張ナオミの背中越しに、椅子のうしろに衝っ立ったまま、私の方へジロリと厭味な視線を投げました。

「僕は熊谷政太郎と云うもんです。―――自己紹介をして置きます、どうか何分―――」

「本名を熊谷政太郎、一名をまアちゃんと申します。―――」

ナオミは下から熊谷の顔を見上げて、

「ねえ、まアちゃん、ついでにも少し自己紹介をしたらどうなの?」

「いいや、いけねえ、あんまり云うとボロが出るから。―――委しいことはナオミさんから御聞きを願います」

「アラ、いやだ、委しい事なんかあたしが何を知っているのよ」

「あははは」

この連中に取り巻かれるのは不愉快だとは思いながら、ナオミが機嫌よくはしゃぎ出したので、私も仕方なく笑って云いました。

「さ、いかがです。浜田君も熊谷君も、これへお掛けになりませんか」

「譲治さん、あたし喉が渇いたから、何か飲む物を云って頂戴。浜さん、あんた何がいい? レモン・スクォッシュ?」

「え、僕は何でも結構だけれど、………」