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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「ついこの間からですの」
「あたくし」
と、ナオミも相手の「わたくし」口調に釣り込まれながら、
「今拝見しておりましたけれど、随分お上手でいらっしゃいますのね、よっぽどお習いになりましたの?」
「いいえ、わたくし、やる事はあの、前からやっておりますけれど、ちっとも上手になりませんのよ、不器用だものですから、………」
「あら、そんなことはありませんわ。ねえ浜さん、あんたどう思う?」
「そりゃ巧い筈ですよ、綺羅子さんのは女優養成所で、本式に稽古したんだから」
「まあ、あんなことを仰っしゃって」
と、綺羅子はぽうッとはにかんだような素振りを見せて、俯向いてしまいます。
「でもほんとうにお上手よ、見わたしたところ、男で一番巧いのは浜さん、女では綺羅子さん………」
「まあ」
「何だい、ダンスの品評会かい? 男で一番うめえのは何と云っても己じゃねえか。―――」
と、そこへ熊谷がピンク色の洋服を連れて割り込んで来ました。
このピンク色は、熊谷の紹介に依ると青山の方に住んでいる実業家のお嬢さんで、井上菊子と云うのでした。もはや婚期を過ぎかけている二十五六の歳頃で、―――これは後で聞いたのですが、二三年前或る所へ嫁いだのに、あまりダンスが好きなので近頃離婚になったのだそうです。