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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

「どうだね、ナオミちゃん、ほんとうにお前、学問をしたい気があるかね。あるなら僕が習わせて上げてもいいけれど」

それでも彼女が黙っていますから、私は今度は慰めるような口調で云いました。

「え? ナオミちゃん、黙っていないで何とかお云いよ。お前は何をやりたいんだい。何が習って見たいんだい?」

「あたし、英語が習いたいわ」

「ふん、英語と、―――それだけ?」

「それから音楽もやってみたいの」

「じゃ、僕が月謝を出してやるから、習いに行ったらいいじゃないか」

「だって女学校へ上るのには遅過ぎるわ。もう十五なんですもの」

「なあに、男と違って女は十五でも遅くはないさ。それとも英語と音楽だけなら、女学校へ行かないだって、別に教師を頼んだらいいさ。どうだい、お前真面目にやる気があるかい?」

「あるにはあるけれど、―――じゃ、ほんとうにやらしてくれる?」

そう云ってナオミは、私の眼の中を俄かにハッキリ見据えました。

「ああ、ほんとうとも。だがナオミちゃん、もしそうなれば此処に奉公している訳には行かなくなるが、お前の方はそれで差支えないのかね。お前が奉公を止めていいなら、僕はお前を引取って世話をしてみてもいいんだけれど、………そうして何処までも責任を以て、立派な女に仕立ててやりたいと思うんだけれど」