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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「御馳走様だなア」
と浜田の云ったのが、心からそう云ったのでなく、私に対する一種のお世辞のようにしか取れませんでした。
「ねえ、譲治さん、―――だけれど、迫害されたいんならして上げようか」
「いや、沢山だよ」
「沢山ならあたしの方をお向きなさいよ、そんな、一人だけ仲間外れをしているなんて妙じゃないの」
私はぐるりと向き直って、枕の上へ頤を載せました。と、立て膝をして両脛を八の字に蹈ん張っているナオミの足の、一方は浜田の鼻先に、一方は私の鼻先にあるのです。そして熊谷はと云うと、その八の字の間へ首を突っ込んで、悠々と敷島を吹かしています。
「どう? 譲治さん、この光景は?」
「うん、………」
「うんとは何よ」
「呆れたもんだね、まさに海豹に違いないね」
「ええ、海豹よ、今海豹が氷の上で休んでるところよ。前に三匹寝ているのも、これも男の海豹よ」
低く密雲の閉ざすように、頭の上に垂れ下がっている萌黄の蚊帳、………夜目にも黒く、長々と解いた髪の毛の中の白い顔、………しどけないガウンの、ところどころに露われている胸や、腕や、膨らッ脛や、………この恰好は、ナオミがいつもこれで私を誘惑するポーズの一つで、こう云う姿を見せられると私はあたかも餌を投げられた獣のようにさせられるのです。