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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「や、これはいい、非常に気分がゆったりするね」
「いい家でしょう? 大森と孰方がよくって?」
「ずっとこの方が落ち着くね、これなら幾らでも居られそうだよ」
「それ御覧なさい、だからあたしが此処にしようって云ったんだわ」
そう云ってナオミは得意でした。
或る日―――此処へ来てから三日ぐらい立った時だったでしょうか、午から水を浴びに行って、一時間ばかり泳いだ後、二人が沙浜にころがっていると、
「ナオミさん!」
と、不意に私たちの顔の上で、そう呼んだ者がありました。
見ると、それは熊谷でした。たった今海から上ったらしく、濡れた海水着がべったりと胸に吸い着き、その毛むくじゃらな脛を伝わって、ぼたぼた潮水が滴れていました。
「おや、まアちゃん、いつ来たの?」
「今日来たんだよ、―――てっきりお前にちげえねえと思ったら、やっぱりそうだった」
そして熊谷は海に向って手を挙げながら、
「おーい」
と呼ぶと、沖の方でも、
「おーい」
と誰かが返辞をしました。
「誰? 彼処に泳いでいるのは?」
「浜田だよ、―――浜田と関と中村と、四人で今日やって来たんだ」
「まあ、そりゃ大分賑やかだわね、何処の宿屋に泊っているの?」