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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
「浜田君………君はどうしてこんな所に?………」
浜田は口をもぐもぐやらせて、何か云いそうにしましたけれど、矢張黙って、私の前に憐れみを乞うかの如く、項を垂れてしまいました。
「え? 浜田君………君はいつから此処に居るんです?」
「僕は今しがた、………今しがた来たところなんです」
もうどうしても逃れられない、覚悟をきめたと云う風に、今度はハッキリとそう云いました。
「しかしこの家は、戸締まりがしてあったでしょう、何処から這入って来たんですね?」
「裏口の方から、―――」
「裏口だって、錠がおりていた筈だけれど、………」
「ええ、僕は鍵を持っているんです。―――」
そう云った浜田の声は聞えないくらい微かでした。
「鍵を?―――どうして君が?」
「ナオミさんから貰ったんです。―――もうそう云えば、僕がどうして此処に来ているか、大凡そあなたはお察しになったと思いますが、………」
浜田は静かに面を上げて、唖然としている私の顔を、まともに、そして眩しそうに、じっと見ました。その表情にはいざとなると正直な、お坊っちゃんらしい気品があって、いつもの不良少年の彼ではありませんでした。
「河合さん、僕はあなたが今日出し抜けに此処へおいでになった理由も、想像がつかなくはありません。