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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

あの男は僕なんかよりずっと狡猾なんですから、………」

不思議なもので、私は最初から浜田を憎む心はなかったのですが、こんな話をきかされて見ると、寧ろ同病相憐れむ―――と、云うような気持にさせられました。そしてそれだけ、一層熊谷が憎くなりました。熊谷こそは二人の共同の敵であると云う感じを強く抱きました。

「浜田君、まあ何にしてもこんな所でしゃべってもいられないから、何処かで飯でも喰いながら、ゆっくり話そうじゃありませんか。まだまだ沢山聞きたいことがあるんですから」

で、私は彼を誘い出して、洋食屋では工合が悪いので、大森の海岸の「松浅」へ連れて行きました。

「それじゃ河合さんも、今日は会社をお休みになったんですか」

と、浜田も前の興奮した調子ではなく、いくらか重荷をおろしたような、打ち解けた口ぶりで、途々そんな風に話しかけました。

「ええ、昨日も休んじまったんです。会社の方もこの頃は又意地悪く忙しいんで、出なけりゃ悪いんですけれど、一昨日以来頭がむしゃくしゃしちまって、とてもそれどころじゃないもんだから。………」

「ナオミさんは、あなたが今日大森へ入らっしゃるのを、知っていますかしら?」