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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

浜田はしかし、やっぱり極まりが悪いと見えて、酒を進めても飲もうとはしないで、伏しめがちに、遠慮しながらぽつぽつと口を利くのでした。

「じゃ何ですか、失礼ですが河合さんとナオミさんとは、御親戚と云うような訳じゃないんですか?」

暫く立ってから、浜田は何か思いつめていたらしく、そう云って微かな溜息をつきました。

「ええ、親戚でも何でもありません。僕は宇都宮の生れですが、あれは生粋の江戸ッ児で、実家は今でも東京にあるんです。当人は学校へ行きたがっていたのに、家庭の事情で行かれなかったもんですから、それを可哀そうだと思って、十五の歳に僕が引き取ってやったんですよ」

「そうして今じゃ、結婚なすっていらっしゃるんですね?」

「ええ、そうなんです、両方の親の許しを得て、立派に手続きを蹈んであるんです。尤もそれは、あれが十六の時だったので、あんまり歳が若過ぎるのに『奥さん』扱いにするのも変だし、当人にしてもイヤだろうと思ったもんだから、暫くの間は友達のようにして暮らそうと、そんな約束ではあったんですがね」

「ああ、そうですか、それが誤解の原だったんですね。ナオミさんの様子を見ると、奥さんのようには思えなかったし、自分でもそう云っていなかったから、それで僕等もつい欺されてしまったんです」