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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
ですから、つまりナオミと云うものは、私に取っては自分が栽培したところの一つの果実と同じことです。私はその実が今日のように立派に成熟するまでに随分さまざまの丹精を凝らし、労力をかけた。だからそれを味わうのは栽培者たる私の当然の報酬であって、他の何人にもそんな権利はない筈であるのに、それが何時の間にかあかの他人に皮をられ、歯を立てられていたのです。そうしてそれは、一旦汚されてしまった以上、いかに彼女が罪を詫びてももう取り返しのつかないことです。「彼女の肌」と云う貴い聖地には、二人の賊の泥にまみれた足痕が永久に印せられてしまったのです。これを思えば思うほど口惜しいことの限りでした。ナオミが憎いと云うのでなしに、その出来事が憎くてたまりませんでした。
「譲治さん、堪忍してね、………」
ナオミは私が黙って泣いているのを見ると、昼間の態度とは打って変って、そう云ってくれましたけれど、私はやはり泣いて頷くばかりでした。「ああ堪忍するよ」と口では云っても、取り返しのつかないと云う無念さは消すことが出来ませんでした。
鎌倉の一と夏はこんな始末で散々な終りを告げ、やがて私たちは大森の住居へ戻りましたが、今も云うように私の胸にわだかまりが出来たものですから、それが自然と何かの場合に現れると見え、それから後の二人の仲はどうもしっくり