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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
………」
そう云いかけて、私は調子を和げて、なだめるように説き聞かせました。
「ねえ、ナオミ、僕はほんとうの気持を云うと、今でもやっぱりお前に贅沢をさせたいんだよ。着物ばかりの贅沢でなく、家も相当の家に住まって、お前の生活全体を、もっと立派な奥さんらしく向上させてやりたいんだよ。だからなんにも不平を云うところはないじゃないか」
「そうお、そりゃどうも有りがと、………」
「何なら明日、僕と一緒に借家を捜しに行ったらどうだね。此処よりもっと間数があって、お前の気に入った家でさえありゃ何処でもいいんだ」
「それならあたし、西洋館にして頂戴、日本の家は真っ平御免よ。―――」
私が返辞に困っている間に、「それ見たことか」と云う顔つきで、ナオミは噛んで吐き出すように云うのでした。
「女中もあたし、浅草の家へ頼みますから、そんな田舎の山出しなんか断って頂戴、あたしが使う女中なんだから」
こう云ういさかいが度重なるに従って、二人の間の低気圧はだんだん濃くなって行きました。そして一日口をきかないようなことも屡でしたが、それが最後に爆発したのは、ちょうど鎌倉を引き払ってから二箇月の後、十一月の初旬のことで、ナオミが未だに熊谷と関係を断っていないと云う動かぬ証拠を、私が発見した時でした。