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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

たところでどうにも仕様がありません。で、私は重ねて、万一彼女が立ち廻ったら時を移さず、昼間だったら会社の方へ電話をかけてくれること。尤もこの頃は時々会社を休んでいるから、もしも会社に居なかった場合は直ぐ大森へ電報を打って貰いたいこと。そうしたら私が迎いに来るから、それまで必ず何処へも出さずに置いてくれること。などをくどくど頼み込んで、それでも何だかこの連中のずべらなのがアテにならないような気がして、なお念のために会社の電話番号を教えたり、この様子では大森の家の番地なんぞも知らないのではないかと思って、それを委しく書き止めたりして出て来ました。

「さて、どうしたらいいんだろう? 何処へ行っちまったんだろう?」

―――私は殆どべそを掻かないばかりの気持で、―――いや、実際べそを掻いていたかも知れませんが、―――千束町の路次を出ると、何と云う目的もなく、公園の中をぶらぶら歩きながら考えました。実家へ帰らないところを見ると、事態は明かに予想したよりも重大なのです。

「これはきっと熊谷の所だ、彼奴の所へ逃げて行ったんだ」―――そう気がつくと、ナオミが昨日出て行く時に、「だってあたし、それじゃ困るわ、今すぐいろいろ入用なものがあるんだから」