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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
そして遠くの線路の方には、あの禁物の省線電車が、畑の中をごうごう走って行くのでした。
「浜田君、君は昼飯をたべたんですか」
と、暫く無言で歩いてから、私は云いました。
「いや、実はまだですが、あなたは?」
「僕は一昨日から、酒は飲んだが飯は殆どたべないんで、今になったら非常に腹が減って来ました」
「そりゃそうでしょう、そんな無茶をなさらない方がよござんすね、体を壊しちゃつまりませんから」
「いや、大丈夫、君のお蔭で悟りを開いちまったから、もう無茶な事はしやしません。僕は明日から生れ変った人間になります。そうして会社へも出る積りです」
「ああ、その方が気が紛れますよ。僕も失恋した時分、どうかして忘れようと思って、一生懸命音楽をやりましたっけ」
「音楽がやれると、そう云う時にはいいでしょうなあ。僕にはそんな芸はないから、会社の仕事をコツコツやるより仕方がないが。―――しかしとにかく腹が減ったじゃありませんか、何処かで飯でも喰いましょうよ」
二人はこんな風にしゃべりながら、六郷の方までぶらぶら歩いてしまいましたが、それから間もなく、川崎の町の或る牛肉屋へ上り込んで、ジクジク煮える鍋を囲みながら、また「松浅」