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ちじんのあい

痴人の愛

谷崎 潤一郎

「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页

青空文庫

それをナオミは、黙って、まじまじと、棒のように突っ立ったまま、呆れ返ったと云う風に睨みつけているだけでした。

私は彼女の足下に身を投げ、跪いて云いました。

「よ、なぜ黙っている! 何とか云ってくれ! 否なら己を殺してくれ!」

「気違い!」

「気違いで悪いか」

「誰がそんな気違いを、相手になんかしてやるもんか」

「じゃあ己を馬にしてくれ、いつかのように己の背中へ乗っかってくれ、どうしても否ならそれだけでもいい!」

私はそう云って、そこへ四つン這いになりました。

一瞬間、ナオミは私が事実発狂したかと思ったようでした。彼女の顔はその時一層、どす黒いまでに真っ青になり、瞳を据えて私を見ている眼の中には、殆ど恐怖に近いものがありました。が、忽ち彼女は猛然として、図太い、大胆な表情を湛え、どしんと私の背中の上へ跨がりながら、

「さ、これでいいか」

と、男のような口調で云いました。

「うん、それでいい」

「これから何でも云うことを聴くか」

「うん、聴く」

「あたしが要るだけ、いくらでもお金を出すか」

「出す」

「あたしに好きな事をさせるか、一々干渉なんかしないか」

「しない」

「あたしのことを『ナオミ』