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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
なかった?」
「そりゃ、そう云う積りなのかしらと思ったけれど、………」
「じゃナオミちゃんも僕の奥さんになってもいい気で来てくれたんだね」
そして私は彼女の返辞を待つまでもなく、力一杯彼女を強く抱きしめながらつづけました。―――
「ありがとよ、ナオミちゃん、ほんとにありがと、よく分っていてくれた。………僕は今こそ正直なことを云うけれど、お前がこんなに、………こんなにまで僕の理想にかなった女になってくれようとは思わなかった。僕は運がよかったんだ。僕は一生お前を可愛がって上げるよ。………お前ばかりを。………世間によくある夫婦のようにお前を決して粗末にはしないよ。ほんとに僕はお前のために生きているんだと思っておくれ。お前の望みは何でもきっと聴いて上げるから、お前ももっと学問をして立派な人になっておくれ。………」
「ええ、あたし一生懸命勉強しますわ、そしてほんとに譲治さんの気に入るような女になるわ、きっと………」
ナオミの眼には涙が流れていましたが、いつか私も泣いていました。そして二人はその晩じゅう、行くすえのことを飽かずに語り明かしました。
それから間もなく、土曜の午後から日曜へかけて郷里へ帰り、母に始めてナオミのことを打ち明けました。