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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
帯もやっぱり綿繻子で作って、心をうすく、幅を狭く拵えて思いきり固く胸高に締め、半襟の布には繻子に似たものが欲しいと云うので、リボンを買って来てつけたりしました。ナオミがそれを着て出るのは大概夜の芝居見物の時なので、そのぎらぎらした眩しい地質の衣裳をきらめかしながら、有楽座や帝劇の廊下を歩くと、誰でも彼女を振返って見ないものはありません。
「何だろうあの女は?」
「女優かしら?」
「混血児かしら?」
などと云う囁きを耳にしながら、私も彼女も得意そうにわざとそこいらをうろついたものでした。
が、その着物でさえそんなに人が不思議がったくらいですから、ましてそれ以上に奇抜なものは、いくらナオミが風変りを好んでも到底戸外へ着て行く訳には行きません。それらは実際ただ部屋の中で、彼女をいろいろな器に入れて眺めるための、容れ物だったに過ぎないのです。たとえば一輪の美しい花を、さまざまな花瓶へ挿し換えて見るのと同じ心持だったでしょう。私にとってナオミは妻であると同時に、世にも珍しき人形であり、装飾品でもあったのですから、敢て驚くには足りないのです。従って彼女は、殆ど家で真面目ななりをしていることはありませんでした。