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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
一体二年間も何を教え、何を習っていたのだか訳が分らない。しかし老嬢は不平そうな私の顔つきに頓着せず、ひどく安心しきったような鷹揚な態度で頷きながら、「あの児は大へん賢いです」を相変らず繰り返すばかりでした。
これは私の想像ではありますが、どうも西洋人の教師は日本人の生徒に対して一種のえこひいきがあるようです。えこひいき―――そう云って悪ければ先入主とでも云いましょうか? つまり彼等は西洋人臭い、ハイカラな、可愛らしい顔だちの少年や少女を見ると、一も二もなくその児を悧巧だと云う風に感ずる。殊にオールド・ミスであるとその傾向が一層甚しい。ハリソン嬢がナオミを頻りに褒めちぎるのはそのせいなので、もう頭から「賢い児だ」ときめてしまっているのでした。おまけにナオミは、ハリソン嬢の云う通り発音だけは非常に流暢を極めていました。何しろ歯並びがいいところへ声楽の素養があったのですから、その声だけを聞いていると実に綺麗で、素晴らしく英語が出来そうで、私などはまるで足元へも寄りつけないように思いました。それで恐らくハリソン嬢はその声に欺かされて、コロリと参ってしまったに違いないのです。