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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
さ、詫まれ、詫まらなけりゃ承知しないぞ! もう今日限りこの家を出て行ってくれ!」
しかしナオミは、まだ強情に押し黙ったまま、その真っ青な顔の口もとに、一種泣くような薄笑いを浮べているだけでした。
「よし! 詫まらなけりゃそれでいいから、今直ぐ此処を出て行ってくれ! さ、出て行けと云ったら!」
そのくらいにして見せないととても彼女を威嚇かすことは出来まいと思ったので、ついと私は立ち上って脱ぎ捨ててある彼女の着換えを二三枚、手早く円めて風呂敷に包み、二階の部屋から紙入れを持って来て十円札を二枚取り出し、それを彼女に突きつけながら云いました。
「さあ、ナオミちゃん、この風呂敷に身の周りの物は入れてあるから、これを持って今夜浅草へ帰っておくれ。就いては此処に二十円ある。少いけれど当座の小遣いに取ってお置き。いずれ後からキッパリと話はつけるし、荷物は明日にでも送り届けて上げるから。―――え? ナオミちゃん、どうしたんだよ、なぜ黙っているんだよ。………」
そう云われると、きかぬ気のようでもそこはさすがに子供でした。容易ならない私の剣幕にナオミはいささか怯んだ形で、今更後悔したように殊勝らしく項を垂れ、小さくなってしまうのでした。