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ちじんのあい
痴人の愛
谷崎 潤一郎
「大阪朝日新聞」1924(大正13)年3月~5月<br>「女性」1924(大正13)年11月~1925(大正14)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 179,399 字 · 353 页
それにもう一つは、たとい私に金があったとしたところで、男振りに就いての自信がない。何しろ背が五尺二寸という小男で、色が黒くて、歯並びが悪くて、あの堂々たる体格の西洋人を女房に持とうなどとは、身の程を知らな過ぎる。矢張日本人には日本人同士がよく、ナオミのようなのが一番自分の注文に篏まっているのだと、そう考えて結局私は満足していたのです。
が、そうは云うものの、白皙人種の婦人に接近し得ることは、私に取って一つの喜び、―――いや、喜び以上の光栄でした。有体に云うと、私は私の交際下手と語学の才の乏しいのに愛憎を尽かして、そんな機会は一生廻って来ないものとあきらめを附け、たまに外人団のオペラを見るとか、活動写真の女優の顔に馴染むとかして、わずかに彼等の美しさを夢のように慕っていました。然るに図らずもダンスの稽古は、西洋の女―――おまけにそれも伯爵の夫人―――と接近する機会を作ったのです。ハリソン嬢のようなお婆さんは別として、私が西洋の婦人と握手する「光栄」に浴したのは、その時が生れて始めてでした。私はシュレムスカヤ夫人がその「白い手」を私の方へさし出したとき、覚えず胸をどきッとさせてそれを握っていいものかどうか、ちょっと躊躇したくらいでした。