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いしかりがわ
石狩川
本庄 陸男
「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页
彼は仏の前に出た。
白木の位牌には、祐筆相田清祐のあざやかな手蹟が読まれた。端座してそれを見つめていた阿賀妻は、一揖して、「されば?――」と振りかえった。
邦夷を見かえっていたのである。位牌は俗名高倉利吉であった。家中のなかでも目立たない勘定方の男であった。実直さとともに老け、痩せぎすな体で、賄い方の辛労をひき受けて来たのだ。無限の実直さには何らの価値もみとめてはいなかった。だから彼は、和船の廻漕問屋を恨み、函館廻送に托した食糧その他にわがことのような責任を感じたのだ。痺れをきらして調査に出かけた。それを災難とあきらめ兼ねるのは直接の当事者たる彼自身であった。小心さだけでもなかったと云える。
勘定方にいるそのものには最も切実に、作物の実らぬ土地に来た向後の運命が心配であった。食糧購入の方法をどう解決つけるか、――狡猾な商人どもを相手にすべく、彼もまた出て行くときには死を覚悟して行ったにちがいない。そしてその覚悟に殉じなければならぬほど、彼の接した事態は悪くなっていた。
邦夷は遠いところを見るような眼をして静かに云った。
「うん、腹を切りおったのじゃ」