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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

棚にある置時計がせっせと時を刻んでいた。

老いたる妻女の胸にある最後の怨み言は、人は沢山いるだろうに、何故に自分の夫がこういう不幸の的に択ばれねばならぬかという愚痴であった。人の世の苦しみを自分ひとりが背負ったような大仰さであった。事のない日頃は、ひそかに胸の底で、ああも思いこうも考えて済んでいたことが、こういう場合に堰をきって流れだすのであった。その折々に、腹におさめていた思案の滓が、なまなましくそのままとびだして来た。落ちついていると口で云い、自分もそうと自分できめ、しかしぼそぼそと果しなく呟きだした。

「郷里を出るのに、夷人の船などに乗せられて、よいことのあろう筈はない、覿面でしたのう、船は霧に包まれて坐礁しかけたり、あぶなく脱れて沖に出たらば折から暴風雨に吹き流され――うちの人も、あなたも、おお、あなたもそうでしたのう、飲み水ほしさに上陸して、すると急に西風が吹きだしたと云いよって、夷人め、けだもののように不人情な夷人め、見も知らぬ土地に水を捜しおる客を残して、そのまま出帆してしまいました、のう? 避けた港で無理やり下船させられて、あのとき、その太刀でなぜ夷人を斬りませなんだのか、こんなに男がいて、みんなそれは、自分の腹をきるための刀でございましたのか」