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いしかりがわ

石狩川

本庄 陸男

「石狩川」大観堂、1939(昭和14)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 253,535 字 · 506 页

青空文庫

「はあ」と彼は眼をあげ、「それで、それではどうなさる?」

「まず郷里におくりかえして」

「あの――郷里にな?」と阿賀妻は顔をしかめ、炉のなかにベッと唾を吐きつけた。

「聞くところによれば、新政府は人を欲しているとのこと、官員になることも――」

「ほオ、あの――あの政府でござるな?」

阿賀妻は乾いた眼をあげた。

「それも時世でしょう? ご家老?」

「それはそうだ――が」と彼は目を伏せた。眉のつけ根がぴりぴりしていた。そげた肉の皮がけいれんしているのだ。

とどめを刺されたようなぶきみな静寂であった。論争はそれで終ったのであった。あとは実力の争いであった。佩びた武器をひきよせて立ちあがらなければならぬ――そういう何秒かのしずかさであった。

けれども阿賀妻は唇を舐めて云った。

「拙者はまるッきり反対じゃ、念のため」

突然――つむじ風におそわれたように一座がざわめいた。

「おぬしは?――」と、阿賀妻は間髪を入れず、ふとった大野順平をのぞきこんだ。

彼はせりあげて来るような腹をゆすって上目づかいに云うのであった。

「所詮ほろび行く武士であるというならば、ただ、われらは、殿のお心ひとつです」